國際シンポジウム「明治維新と近代世界」が南開大學で開催

   

  

  

七月は南開大學の一番美しい時期である。「碧き染め、南開の校園、限りなし、赤みがさしむ、馬蹄の湖畔」。2018727日から29日まで、南開大學日本研究院、南開大學世界近現代史研究センター、中國日本史學會が共同主催した國際シンポジウム「明治維新と近代世界」が南開大學で開かれた。『世界歴史』『日本學刊』『歴史教學』『日本問題研究』『日本研究』『外國問題研究』などの歴史學及び國際問題研究誌の編集部もシンポジウムの開催に助力を惜しまなかった。東京大學、慶応義塾大學、早稲田大學、日本大學、國際日本文化研究センター、ウェイク?フォレスト大學(アメリカ)、中國社會科學院、北京大學、複旦大學、吉林大學、遼寧大學、河北大學等機構から150余人の參會者が南開大學に集い、「明治維新と近代世界」という歴史課題に挑もうとしていた。南開大學副校長朱光は南開大學の代表として國內外の専門家と學者を歓迎し、南開大學の日本研究事業を長年支援し続けた日本國際交流基金と梅田善美日本文化研究基金に感謝の意を伝えた。國際交流基金代表者高橋耕一郎氏はシンポジウムの主催者である南開大學日本研究院に至上の敬意を伝えた。中國日本史學會會長楊棟梁教授、河北大學副校長康書生教授はそれぞれ挨拶をなされ、日本研究院院長劉岳兵教授はシンポジウムの開幕式の司會を務めた。

2018年は明治維新から150年目である。明治維新によって、後進的な東方國家である日本は近代化を実現し、世界の発展史に大きな足跡を殘した。150年後の今日、國內外の専門家は南開に集い、共に明治維新史研究の新理論と學術動向を交流し、明治維新が起こる歴史根源、社會基礎、國際背景を系統的に研究し、明治維新の展開、ルートの選択、社會の変革を歴史的に再現し、明治維新の歴史遺産、世界史における意義および中國への影響を再検討し、國と社會の転換過程への認識を深めた。

中國社會科學院元副院長武寅教授は「明治維新が世界にもたらした二重震撼」をテーマとした講演を披露した。武寅教授によれば、日本民族は天命に屈服せず、歴史の発展中に獨特の文化伝統を築き上げ、「開放、進取、順応」を特徴とした民族性が次第に形成された。これは日本が世界先進文明に追い越す原動力である。大化の改新は日本の飛躍式な発展の第一歩であり、明治維新は大化の改新と一脈相通ずるものである。明治維新は日本民族內部に潛む強い原動力が生み出した結果である。明治維新は世界に二重の震撼を與えた。明治維新が東アジア発展史上の奇跡、これは第一の震撼である。明治維新によって、日本は非西洋體系でありながら、東アジアの強國となった。第二の震撼は発展の道を選択する時に、日本が戦爭を選んだことである。この選択により、中國などの國が大いなる被害を蒙っただけではなく、日本にも大量の人的、財産及び精神上の損失を余儀なくされた。日本の戦爭選択は受動的、消極的な対応ではなく、主動的な制度選択の結果である。しかし、戦爭は唯一の道ではなかった。明治維新後、明治政府が政権の建設と制度の整備を行った。明治憲法を基礎とした制度體系は天皇を至上の地位におき、天皇は司法、議會、政府に制限されない絶対的な権威となった。軍部は帷幄上奏権を使い、最終的に日本を戦爭に引きずり込んだ。戦爭は日本に繁栄をもたらすことはなく、ただ崩壊と滅亡を招いただけであった。戦後の日本は明治維新の原點に戻った。歴史にはIFがないが、未來は計畫できる。150年前の明治維新は私たちに與えた教訓は「未來は自分の手のひらの中にあり、歩き出す前に、未來を配慮しないといけない」ことにある。

日本國際協力機構JICA理事長、東京大學名譽教授北岡伸一は明治維新の時代定義、研究範疇の変化などの角度から、明治維新論の変遷と學術論爭を系統的にまとめた。北岡氏は江戸時代の歴史遺産を分析した上で、明治新政権の政治動向、下級武士の動きと立憲政治の構築過程を重點的に論じた。明治維新が殘した制度體系には不完全なところがあり、明治時代の政治家たちはこのような欠陥を巧みに対応し解決した。しかしその後、日本の指導層は明治維新の制度をうまく利用することが出來ず、最終的に日本を戦爭の泥沼に導いた。

中國日本史學會會長、南開大學世界近現代史センター主任教授楊棟梁は明治維新が日本政治における権威の再構築であると主張した。1853年ペリー來航後、日本社會は近代への転換期に入った。1858年、「日米修好通商條約」の調印問題と將軍継承問題が同時に起こり、徳川幕府の獨裁統治が揺らぎ始め、権威の崩壊も始まった。開國か攘夷か、佐幕か倒幕か、これらの重大問題にめぐり、幕府、朝廷、地方の有力大名、下級武士はせめぎ合い、最終的に下級武士が主導した「王政復古」が成功した。幕府が滅亡し、明治政府が登場した。その後、新権威の構築は高度な中央集権の実現から始まり、政府內部の近代派と保守派、近代派の中の漸進派と過激派との抗爭を経て、治國の方針が段々明確され、寡頭政治の組織も純化された。最終的に、法律の形で近代天皇制を主體とした権威が確立された。明治維新の研究において、國家権力の再構築という明確な主線は十分に注意すべきだけではなく、「順天応人」を基本論理とした「権威」という権力の再構築を制限する潛在の主線も認識されないといけない。二つの主線の弁証関係をはっきりと把握できたところで、初めて物事の本質と発展の規則を認識できる。

東京大學名譽教授三谷博は明治維新を19世紀に起こった世界最大規模の革命の一つとして捉えている。明治維新は人口大國である日本の重要の変革である。明治維新によって近世武士を核心とした世襲身分制が崩壊し、西洋を模倣する改革が相次いだ。フランス革命、ロシア革命、辛亥革命を比較した上で、三谷氏は「社會偏差の矯正は必ずしも君主を倒さないといけないわけではなく、大規模の暴力も絶対必要ではなかった。逆に君主制を打倒しても専制體制はすぐ復活する可能性がある」。解放された暴力は長期にわたる內戦と內部紛爭をもたらしかねない。明治維新がもたらした影響は日本國內に限るものではなく、東アジアの國際関係にも大きな影響を與えた。明治政府の対外政策からみれば、対外侵略は明治維新の直接的な結果ではなかった。明治政府は國內の経済開発に力を注いだ。日本の侵略は経済が発達した後に始まった國を相手とした戦爭の道である。

北京大學教授宋成有は國家神道倫理の角度から明治維新の倫理精神を分析した。宋氏は明治君臣が作り上げた國家神道とその倫理は明治維新倫理の思想源であると主張した。明治維新は「一新」と「復古」の二重性があり、「王政復古」と神道の連攜は特に注目すべきである。國家神道の思想源は極めて豊富で、神國論、皇國論、武國論は明治政府が提唱した國家神道の理論の源である。維新期において、國家神道の倫理精神は國の理念に浸透し、明治維新の倫理精神と一體化した。明治維新と國家神道との一體化は日本の獨特性に基づく。國家神道の倫理を強化したのは非宗教的な國家政策である。國民に國家神道の倫理を植え付ける行為は仇となり、日本帝國の崩壊に一役を買った。

東北師範大學教授周頌倫は明治維新の研究成果をまとめた上に、「尊王攘夷」の軌跡と思想価値を系統的に分析した。エリート武士が指導した倒幕戦爭の勝利は下級武士の「尊王攘夷」運動を基礎としたものである。日本人の國家認識は民族主義を基礎とし、その民族主義は神が授かる國の至上性を基本イディオロギとする。盲目な攘夷はエリートたちの倒幕運動の基礎をなし、「一君萬民」の近代國家が形成され、長期にわたる「半統一半分裂」と鎖國の狀態が終わりを告げた。天皇の機能は國內建設と対外戦爭に絶えない精神動力を與えることにある。明治維新は千年の日本歴史を繋いだ。今に至って、日本の國家政策の中に「天神國家思想」支配下の日本民族の強いモチベーションがしばしば見られる。

國際日本文化研究センター教授滝井一博は明治憲法が重要な世界史的意義をもつと主張した。1889年に制定された「大日本帝國憲法」は東アジア史上最初の立憲主義憲法である。非西洋國である日本が西洋の立憲制度と議會政治を採用した點からいえば、明治維新は世界に注目される歴史実験である。明治維新から今日まで、日本は敗戦を経験したが、立憲主義を基本とした議會制度が維持された。この制度は日本の発展にいい影響を與えたが、政治運営面では困難をももたらした。したがって、近代日本150年の歴史軌跡を再検討する際に、立憲制度の正と負の遺産を理論化した上で探索するのは日本歴史學の國際的な課題である。

ウェイク?フォレスト大學Wake Forest University準教授ロバート?ヘリヤHellyer  Robertは「中國から學び、西洋に売り込む――文明開化における中國のノウハウ」をテーマとした報告を披露した。ロバート氏は伝統的な「文明開化観」を考え直し、中國の技術が近代日本の「文明開化」に與えた影響を検討した。日本の茶葉輸出貿易において、西洋の貿易商、日本の茶葉生産者および明治政府の高官はきわめて中國の茶葉生産技術に依存していた。「文明開化」及び19世紀後期の世界市場において、茶葉貿易は日本の國際地位の増強と対北米新貿易関係の構築にとって非常に重要な要素である。日本の茶葉輸出貿易業を考察してわかるように、日本という國家の形成を研究する時により多角度かつ國際的な思考が必要とされ、「西洋から學び」「アジアから脫する」の定説を超えないといけないとロバートは強調した。中國から得た知識があったからこそ、日本は多角の通商関係を築けた。

    今回のシンポジウムは68本の論文投稿を受け、學者たちは二日にわたる討論を積み重ね、國際明治維新研究は新しい高度に達した。今回のシンポジウムは20世紀80年代の「明治維新再検討」の後、明治維新に対する重要な再検討である。明治維新の研究はすでに革命、改革、時期に関する性質研究を超え、実証を重んじた多角度研究となった。研究の深さ、広さ、視野と方法の向上は目覚ましい。劉岳兵教授が閉幕の辭で指摘したように、史実の研究と現象の理解に問わず、社會現象は歴史現象ともなれば、その性質、原因、過程、影響に関する研究は歴史の発展とシンクロし、時代精神と時代の需要に適した解釈が次から次へと現れる。明治維新という歴史現象は150年の歳月を経て、それが日本、東アジアないし世界に與えた影響を冷靜に分析する時代はすでに到來した。今回のシンポジウムは明治維新の研究と日本近代史研究に新しい風を吹き込むことは大いに期待できる。(劉軒文、丁諾舟訳)


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